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宮崎地方裁判所都城支部 平成3年(ワ)93号 判決 1992年8月26日

主文

一  被告は原告に対し、金二〇万三二〇六円及びこれに対する平成二年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和六三年九月四日午後五時五〇分頃、宮崎県都城市庄内町庄内橋南方約六〇メートル先の交差点において、被告の運転する普通乗用車と寺師富士雄(以下「寺師」という)運転の普通乗用車が出会い頭に衝突する事故(以下「本件事故」という)が発生し、寺師が負傷した。

2  傷害及び治療経過

本件事故により寺師は頸椎捻挫等の傷害を受け、昭和六三年九月四日から平成元年四月八日まで国吉診療所及び橘病院へ入院又は通院して治療を受けた。

3  責任原因及び過失割合

被告及び寺師は、双方ともに安全確認を怠つて右交差点に進入したため、出会い頭に衝突する事故が発生し、これによつて寺師は負傷したのであるから、民法七〇九条の規定に基づき、被告はその過失責任に応じた損害賠償責任を負う。

なお、本件事故の過失割合は、寺師側に一時停止の標識があるため、寺師七〇、被告三〇とするのが相当である。

4  損害賠償請求権の代位取得

(一) 原告は国民健康保険事業を行う保険者であり、寺師はその被保険者である。

(二) 原告は、寺師が本件事故により受傷したため、国民健康保険法(以下「国保法」という)三六条の規定に基づき、前記治療について療養の給付を行つた。

右療養に要した費用の総額は九六万七六五〇円であり、当該療養の給付に関し被保険者たる寺師が負担しなければならない一部負担金の額は二九万〇二九五円、保険者たる原告が負担した費用は六七万七三五五円であつた。

(三) 原告は、国保法六四条一項の規定に基づき、原告が負担した前記費用について、寺師が被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得した。

なお、被告が原告に賠償すべき額は、過失相殺により右六七万七三五五円の三割に相当する額二〇万三二〇六円である。

5  よつて、原告は被告に対し、求償金二〇万三二〇六円及びこれに対する支払命令送達の日の翌日である平成二年六月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4のうち、(一)、(二)は認め、(三)は否認する。

三  抗弁

1  本件事故について、寺師の被害者請求により、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という)から別紙支払状況一覧表記載のとおり合計一二〇万円が支払われた。

2(一)  本件で被告の過失割合を三割とするなら、一二〇万円の賠償額は総損害額を四〇〇万円と評価したと同視しうるものであるところ、寺師に生じた本件事故による総損害額は四〇〇万円を越えることはない。

(二)  原告は、国民健康保険の保険者として、交通事故の被害者たる被保険者にした療養給付により、療養給付金の限度で、右事故の被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権の治療費相当額の損害賠償請求権を取得する。しかしながら、一方、右事故により被害者に発生する損害は治療費相当額に限られず、休業損害、慰謝料等によるものも発生し、被害者もまた損害賠償請求権を有している。この場合、被害者にも過失があれば、被害者の過失割合相当額は被害者自身の負担となるが、それは治療費を含めてすべてが金銭に換算された総損害額の一部としての負担であり、総損害額積算の根拠となつた各損害費目ごとの負担ではない。

被告としては、寺師に発生した総損害額に対する自己の過失割合相当額を支払えば足りるのであつて、損害費目ごとの支払を強制されるものではなく、右自賠責保険一二〇万円の支払によつて、被告はその過失割合に相当する賠償責任を尽くしている。

(三)  原告が代位取得する損害賠償請求権も、療養給付をする時点では不確定要素を含むものであり、右不確定要素を確定させるためには、被害者の有する全体としての損害賠償請求権の確定を待たざるをえず、代位取得した請求権行使時において加害者が被害者に対して既に賠償金の支払をしているときは、その支払額と全体としての損害賠償額とを勘案して、代位取得した請求権行使の可否、行使を可とするときはその額が決定されるべきである。

(四)  被害者請求による自賠責保険金の支払については、加害者たる被告が関知しえないこと、国保の保険者たる原告にも自賠責保険に請求する機会が与えられていたこと、もし国保から療養給付がされず、被害者自身直接請求した場合、自賠責保険からの支払をもつて被告の賠償責任は尽くされているとして認められるべくもない請求でありながら、国保が療養給付したばかりに、国保からの療養給付については別途加害者に更に求償しうるとすることは、加害者の法的地位を不安定にし、関係当事者間における不必要な求償手続を惹起しかねないこと等からするなら、もはや原告には何らの請求権もないというべきである。

(五)  以上のとおり、本件において、原告が国保法の規定により代位取得した損害賠償請求権を行使する前に、被告は自賠責保険からの支払によつて賠償義務を尽くしてしまつているので、そもそも原告は損害賠償請求権を代位取得せず、仮に代位取得するとしても、原告の取得した損害賠償請求権は消滅した。

3  仮に、原告に請求権があるとしても、前記のとおり、被告の関知しえない、しかし原告としては請求可能であつた自賠責保険につき、なすべきことをなさずしてその支払を受けられず、挙げ句は、自己の非を棚上げにしたうえ権利主体が別であることを奇貨として、過剰填補を受けた寺師をも放置したまま、被告に訴求するなど責任転嫁も甚だしいといわざるを得ず、原告の本件損害賠償請求は権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2  同2のうち、寺師の本件事故による総損害額が四〇〇万円を越えるものでないことは認め、その余は争う。

国保法六四条一項に基づく代位取得は、保険給付の都度直ちに成立するものであつて、その後、被告がいかに多額の金員を寺師に弁済しようとも、原告が代位取得した右債権に対して法律上何らの影響を与えるものではない。

原告は、国民健康保険の保険者として、医療機関により傷病の治療を受ける被保険者に対して保険給付を行うが、この保険給付は、被保険者が当該医療行為を受ける度にその都度されることとなる。換言すれば、当該医療機関は、保険者負担の部分(通常当該治療費の七割にあたる部分)については、保険者(原告)の計算と負担で医療給付を行うのであり、したがつて、当該医療行為がされた時に、当該医療機関は保険者(原告)に対し直ちに保険給付としての医療費請求権を取得することとなり、原告が保険給付を行つた場合、給付時に、被保険者の第三者に対する損害賠償請求権が弁済等により消滅していない限り、自動的に、当該第三者に対する右損害賠償請求権を保険給付者である原告が代位取得する。

なお、保険給付以前に被保険者に仮渡金が支払われていても、仮渡金は交通災害者の当座の救済のために自賠法上認められた特別の制度であり、加害者の責任の有無や過失割合を考慮することなく、被害者の請求によつて当然に支払われるものであつて、加害者に支払義務がある損害賠償金とは別個のものであり、加害者の損害賠償債務を補填するものではないので、仮渡金の支払があつても、それは保険給付の免責を定める国保法六四条二項にいう「第三者から同一事由について損害賠償を受けたとき」にはあたらない。

また、本件の仮渡金二〇万円は昭和六三年一〇月一九日に寺師に支払われているが、寺師に対しては、その前日の同月一八日までに保険給付金として原告から二八万一九一八円が支払われているので、原告は右同日までに右二八万一九一八円の限度で寺師の被告に対する損害賠償請求権を代位取得していたものであり、したがつて、原告が被告に対して仮渡金支払以前に代位取得していた損害賠償請求権のうち、過失相殺により減縮された本件の金額二〇万三二〇六円を被告に対して当然に請求できる。

3  同3は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3、4の(一)、(二)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

右事実によれば、国民健康保険の保険者である原告は、被保険者である寺師に対し、第三者である被告の行為によつて生じた本件事故について、保険給付たる療養の給付を行つたものであり、国保法六四条一項の規定によれば、原告は、右療養の給付に関して原告が負担した費用六七万七三五五円について、寺師が被告に対して有する損害賠償請求権を取得することとなり、右六七万七三五五円を当事者間に争いのない被告の過失割合三割に応じて減額すると、原告主張のとおり二〇万三二〇六円となる。

二  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

被告は、抗弁2において、右自賠責保険からの支払によつて賠償義務を尽くしているとして、原告は損害賠償請求権を代位取得せず、代位取得したとしても消滅した旨主張する。

ところで、国保法六四条は、給付事由が第三者の行為によつて生じた場合において、被保険者に対し、保険者が先に保険給付をしたときは、被保険者の第三者に対する損害賠償請求権は右給付の価額(保険給付が療養の給付の場合、その療養の給付に要する費用の額から被保険者が負担すべき一部負担金に相当する額を控除した額)の限度で当然保険者に移転し(一項)、第三者が先に損害賠償したときは、保険者はその価額の限度で保険給付を免れると定め(二項)、被保険者に対する第三者の損害賠償義務と保険者の保険給付義務とが相互補完の関係にあり、同一の事由による損害の二重填補を認めるものではない趣旨を明らかにしている。

そこで、本件事故について支払われた自賠責保険金一二〇万円の内訳についてみるに、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三、第五号証の二、第六号証の二、四、六を総合すると、昭和六三年一〇月一九日寺師に支払われた二〇万円は、被害者たる寺師からの請求により支払われた仮渡金であること、平成元年二月一七日国吉診療所及び寺師に支払われた合計四〇万円は、寺師からの内払請求により、昭和六三年九月四日から同月八日までの間の国吉診療所における治療費等のうち寺師が負担すべき一万八八三四円、同月九日から同年一〇月三一日までの間の橘病院における治療費等のうち寺師が負担すべき一四万一五七〇円、その他休業損害及び慰謝料を合計した六三万五六〇四円が昭和六三年九月四日から同年一〇月三一日までの損害額と認定され、支払ずみの仮渡金二〇万円を差し引いた四三万五六〇四円のうち四〇万円が支払われたものであること、平成元年三月一五日寺師に支払われた四〇万円は、寺師からの内払請求により、昭和六三年一一月一日から同年一二月三一日までの間の橘病院における治療費等のうち寺師が負担すべき一二万六五四〇円、その他慰謝料を合計した三八万三二四〇円が同期間における損害額と認定され、前記内払の残額三万五六〇四円との合計額四一万八八四四円のうち四〇万円が支払われたものであること、平成元年五月一一日寺師に支払われた二〇万円は、寺師からの請求により、昭和六三年九月四日から平成元年四月八日までの間の治療費等のうち寺師が負担すべき三一万四六七四円(そのうち、昭和六四年一月一日から平成元年四月八日までの間の橘病院における治療費等のうち寺師が負担すべき額は二万七七三〇円)、その他休業損害及び慰謝料等を合計した一九四万三三七四円が昭和六三年九月四日から平成元年四月八日までの間の総損害額と認定され、保険金額の最高額一二〇万円中既に一〇〇万円が支払ずみのため、残額二〇万円が支払われたものであること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、本件事故において自賠責保険から支払われた一二〇万円は、治療費についてみると、被保険者たる寺師が負担すべき一部負担金についてのみ損害として支払われているものであつて、療養に要した費用のうち保険者たる原告が負担した部分は全くこれに含まれておらず、これによると、右自賠責保険の支払をもつて原告が負担した費用について被告から損害賠償があつたとはいえない。

被告は、抗弁2の(二)で、寺師に発生した総損害額に対する自己の過失割合相当額を支払えば足り、損害費目ごとの支払を強制されるものでない旨主張するが、国保法六四条一項に定める代位取得は、療養の給付については、療養の都度保険者の負担部分が当然に保険者に移転するものであつて、前述したとおり、被保険者たる寺師が被告に対して有する損害賠償請求権のうちの治療費相当額中、原告が負担する部分については、療養の給付の都度原告に移転しており、これについて自賠責保険から支払はされておらず、また、前記認定事実によれば、右自賠責保険の支払は療養の給付がされた後であることが明らかであるから(仮渡金は損害賠償金として支払われるものではないから、仮渡金の支払をもつて損害賠償があつたとはいえない)、被告の右主張は理由がない。

また、国保法六四条二項にいう保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にあるとは、保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解すべきであつて、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。そして、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、国保法による療養の給付が対象とする損害と同性質であり、したがつて、その間で同一の事由の関係にあるといえるのは、財産的損害のうちの療養に要した費用(治療費)のみであつて、その他の財産的損害及び精神的損害は右の保険給付が対象とする損害とは同性質であるとはいえないというべきである。したがつて、過失相殺により被告が寺師に賠償すべき損害額を上回る額が、後に自賠責保険から支払われたとしても、それには先にみたとおり休業損害や慰謝料等同一の事由の関係にない損害が含まれており、右支払があつたことをもつて同一の事由について損害賠償を受けたとはいえず、これによつて原告が代位取得した損害賠償請求権が消滅するものでもない。

抗弁2の(三)の主張についても、右説示したところから理由がないというべきである(なお、本件において、原告は、代位取得した損害賠償請求権について、被告の過失割合に応じた減額をしている)。

また、自賠責保険の支払が被告の関与しない被害者請求によるものであつたことで事情が異なるとはいえず、その他原告が自賠責保険を請求しなかつたり、国保法六四条一項の規定に基づいて被告に求償したからといつて、原告に請求権がないとする理由にはならず、権利の濫用になるとも解せられないので、抗弁2の(四)、同3の主張もまた理由がない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し(支払命令送達の日の翌日が平成二年六月一〇日であることは記録上明らかである)、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森高重久)

支払状況一覧表

<省略>

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